ゆめのむすめ
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A6・132頁・オンデマンド
表紙2種類/緑マーブル紙or金黒和紙
「ここは、貘の飼育部屋です」
暗い部屋からわたしを連れ出した養父が言ったのは、ガラスケースの中の貘の記録をとることだった。
養父と貘と、わたしと、だれか――。
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養父が記録を読みはじめる。誤字も多いだろう書きなれていない文字を寝起きの目がひろう。
まばたきのすくない横顔をながめていると、あばらぼねの内側がきしむようにうずいた。このきゅうきゅうとしたきしみのもとは不安だ。かれの教えてくれた文字と言葉でしるした貘の生態。この文字は、言葉は、わたしが書いていても、わたしの文字ではない、わたしの言葉ではない。これはかれの文字、かれの言葉、――わたしはそれを、代筆しているにすぎなくて。
その言葉の純度が、わたしを通過したためににぶっていないかがこわいのだ。
かさり、かさり、と緩慢な拍をとるページを繰る音。わたしはわたしがノートそのものになって細い指にめくられている錯覚を感じていた。
肋骨の内側で読まれることのない文字がふるえている。わたしの胸にだけきざんだわたしの記録が読まれたいとふくれあがり濁流となって流れだしそうになるのを呑みこむと、あくびを噛みころすときに似た、せつない吐息がもれた。
こんなところまでかれの言葉はわたしを満たしている!
養父が顔をあげる。ほそいおとがいからつづく、白いくびすじにのどぼとけが青く影をおとしている。
「貘はね、夢を食べるんですよ」
わたしの、とうつくしい指でおのれをさして養父は言った。
その答えを聞いた刹那、わたしは恥じた。わたしのなかにだけ記しておくべきだったわたしの言葉をノートに書きだしてしまったことを。
あれは、このひとの言葉を借りて出たわたしの疑問、わたしの内側から生じた言葉。ものを考えてしまったがゆえの羞恥がわたしを責める。わたしは、このひとが見ることのできないものを見る仮の目なのだから、からっぽでなければならないのに、と。
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